2023年9月6日から10日までの5日間、世界中の科学者、アーティスト、そして好奇心旺盛な人々がオーストリア・リンツに集結した。テクノロジー、社会、アートのためのヨーロッパ最大のプラットフォームであるアルス・エレクトロニカ・フェスティバルが開催されたのである。1979年以来フェスティバルの開催地となっているリンツといえば、かつてはオーストリア最大の工業都市であり、現在はその遺産を基盤とした再設計に成功した都市でもある。芸術、科学、政治、起業家精神が相乗効果を発揮できる活気に満ちた雰囲気を創り出すことで、イノベーションと市民参加のための土壌を、数十年という時間をかけて育んできたのだ。

今年のフェスティバルテーマは“Who Owns the Truth?”。Godotは今回、アルス・エレクトロニカ・フューチャーラボとの共同出展によりこのテーマに取り組んだ。我々が制作した参加型展示は、透明性を高めたAIとやり取りをすることで「誰かをナッジする」というプロセスを体験できるようデザインされている。今やどこにでもあるバズワード “AI“のベールを取り払い、まだ十分に説明されていない、社会にとって有益なAIの潜在的価値を示したかった、という訳だ。

今回の出展を通して、医療、教育、技術など、様々なバックグラウンドを持つ参加者が”Nudge AI”と交流し、貴重なフィードバックや意見を得られたことは我々にとって大きな収穫だった。参加者からは「透明性の高いAIと”協力する”ことが、不確実性を減らし、結果としてAIを忌避する行動を減らすことができる」という声もあり、我々の仮説が正しかったことが確認された。現在のAIは非常に強力な一方で、未だ誤解されることも多い。自分自身の利益だけでなく、他者の利益をも最大化することを目的とする−。このようなユーザー体験を実装することによって、AIが持つ、ポジティブで人道的な可能性を浮き彫りにすることができたのだ。

Anatomy of Ars Electronica Festival

今回のフェスティバル中、「ナッジはマニピュレーションではないのか?」「ビッグデータを使ったAIはけしからん」「GoogleやMetaは悪だ」といった言説を耳にする機会が多くあった。我々はそれらをふんふんと聞きながら、さすがアルス・エレクトロニカ・フェスティバルの来場者ともなるとその方面の感度が高いなぁ、などと呑気に考えていた。

しかしある日の夕方、軟水を飲み慣れた我々の口には合わない硬水のミネラルウォーターを飲みながらふと、「アートもまた、”見た人にこういうことを考えて欲しい”という意図を持った作為的な存在なのではないか?」という考えが頭をよぎった。“アート”という言葉を隠れ蓑にしてその意図を隠している分、ナッジよりもタチが悪い可能性すらある。

今回我々Godotが出展したのは“Anatomy of Nudging”。訪れた人に「他の見知らぬ来場者に話しかけて、設定された課題(例えば、“AIについて議論する”のような)を達成する」という体験をしてもらう参加型展示だ。一連の体験により、自分自身の思考や行動メカニズム、さらには「一人ひとりの小さな行動変容が社会に与えるインパクト」について関心を持ったり、気づきを得たりすることを促している。

では、アルス・エレクトロニカ・フェスティバルそのものについて考えてみよう。至る所に“Who Owns the Truth?”という今年のフェスティバルテーマに関する表示が掲載され、そしてもちろん、テーマに関連したアート作品が多数展示されている。いったい何のために?そう、社会に対して“Who Owns the Truth?”という問いを投げかけ、来場者にこの問いについて考えてもらうことを狙っているのだ。つまり、社会や来場者に対して「このデジタル時代において真実とは何か」について考え、議論する、という行動を促していると捉えることができる。

この観点でアルス・エレクトロニカ・フェスティバルを捉え直してみると、上述した行動変容を来場者に起こしてもらうための様々な仕掛け(あるいは、介入・ナッジとも言える)を、至る所に見出すことができる。ここからは、これら様々な仕掛けの一部を、関連するBCT(Behavior Change Techniques:行動変容手法)およびMoA(Mechanisms of Action:行動メカニズム)とともに紹介する。

Prompt Battle

画像生成AIのプロンプトをいかにうまく書けるかを参加者同士で競い合う、バトル形式の参加型展示。画像や状況がお題として出され、参加者は、時間内にお題をできるだけ上手く表現するプロンプトを書くことを目指す。実際に画像を生成し、どちらがよりお題に近い画像を生成できたか、観客の拍手によって判定する。

プロンプトの作成者はもちろん、それを見ている観客も含めて全員が当事者として参加し、画像生成AIを中心としたゲームが繰り広げられる。人間はどうAIと上手く付き合っていくのか、その一つの事例を観客巻き込み型で表現している。

BCTs: Demonstration of the behavior, MoA: Beliefs about capabilities


Moral Machine

老人/子供、女性/男性、太っている人/アスリート、人間/犬、泥棒/会社員、などの組み合わせからなる、10数パターンのトロッコ問題を解くことで、自分の思考傾向や潜在的なバイアスなどが可視化される。さらにこのトロッコ問題を過去に解いた人の平均値とも比較される。

本展示では“自動運転”という比較的身近なものを題材としているが、AIをめぐって巻き起こっている問題・論争について、自分に置き換えて真剣に考えてみたことがある人がどれほどいるだろうか。誰もが当事者となりうるAI倫理についての問題提起を、トロッコ問題という有名な倫理問題を使ってわかりやすく示している。

BCTs: Information about health consequences, Framing/reframing, MoA: Attitude towards the behavior


Deviation Game

人間と画像認識AIが対決する形式の参加型展示。出題者役の参加者が設定されたお題を絵で表現し、他の参加者と画像認識AIは描かれた絵からお題を推測する。参加者が全員正解し、AIだけが不正解となれば人間陣営の勝利となるため、「AIには理解できないが、人間には理解できる」といった塩梅の絵を描くことがこのゲームの肝となる。

AIは、例えば「人間はAIに仕事を奪われ、支配されてしまうかもしれない」といった懸念や恐怖から、漠然とした忌避感を抱かれがちな存在だ。そんな中で、自分の行動次第ではAIに勝てるかもしれない、あるいは、勝ちでも負けでもなくお互いの弱みを補完しあうポジティブな関係を築けるのかもしれない、など、ゲームを通して新たな視点を提供している。

BCTs: Salience of consequences, Comparative imagining of future outcome, MoA: Beliefs about consequences

POSTCITY(開催場所)

フェスティバル会場はかつての郵便局であり、現在は使われていない広大な建物。外から見ると一見廃墟のようにも見える。特に地下のスペース(BUNKER)は地上に戻って来られるのかわからないほど広く、世間から隔絶したような感覚を味わうことができる。

POSTCITYという名前は「Post = 郵便」から来ているが、「Post = 〜のあと」とも取ることができ、「City = 今ある街」の後の世界を体現しているようにも感じられる。今ある社会のその後のあり方自体を、開催場所からも来場者に問うている。

BCTs: Restructuring the physical environment, MoA: Environmental context & resources

以上が、リンツでの一週間を、Godotメンバーが行動科学の眼鏡を通して見た感想である。

フェスティバルに参加していると、AIに疑問を呈し、データの扱われ方に注意を払い、デジタル社会における人類のあり方について議論していることが、さも至極真っ当で、当たり前かのように思えてしまう。しかし一歩引いてみると、こういった行動を起こしていること自体がアルス・エレクトロニカ・フェスティバルの意図通りであり、我々来場者は彼らの掌の上で踊らされている、とも言えるかもしれない(少し言い過ぎかも)。

(文 Generative AI・鬼澤・住本・Johannes)

Who owns the truth?